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春の話

公開日: : 最終更新日:2015/07/16 ,

メディチ家の当主であった ロレンツォ・イル・マニフィコ の又従兄弟 ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ の為に、サンドロ・ボッティチェッリ (1444 or 1445〜1510) が『春』(La Primavera) を描いたのは1482年頃のことです。この頃、メディチ家の御用哲学者 マルシリオ・フィチーノ を介して、ボッティチェッリ は新プラトン主義の影響を強く受けています。新プラトン主義とは、プラトンの思想とキリスト教の信仰とを結びつけたもので、フィチーノ は愛の本質を、物質的・肉体的な欲望と、精神的・理知的に神を求めることという二元的なものとして捉え、肉体的快楽を求める心境を脱し、神の叡智を希求し悟りに至ることこそ人生の理想であると説きました。その思想は、ボッティチェッリにより『春』の中でも表現されています。

春

画面中央には美の女神 ヴィーナス、その頭上には息子の アモル(クピド)が目隠しをしたまま矢を放とうとしています。

画面右からは、木々の間を抜けて風の神 ゼフュロス が侵入してきてニンフを捕まえようとしています。怯えるニンフは ゼフュロス を振り返りながら隣の女性に縋り付こうとしています。この三人は、ゼフュロス が熱情に駆られるまま、ニンフの クロリス を力ずくで妻としたが、そのことを後悔した彼は クロリス を花の女神 フローネ に変えた、という物語を表しています。すなわち、ニンフの クロリス と花の女神 フローネ とは時間軸のずれた同一人物ということになります。フローネ は、ヴィーナス の庭に花を撒き散らし春の到来を告げています。

画面左端には、この森の守護者として ヴィーナス の庭に侵入しようとする雲を払いのける メルクリウス、その右には輪舞を踊る三人の美神の姿が見えます。ヴィーナス の息子 アモル は三美神のうちの真ん中の美神に愛の矢の狙いを定めていますが、彼女の眼差しはじっと メルクリウス に向けられています。その メルクリウス は、右手に持ったカドゥケスという杖を高く掲げ雲を追い払っています。彼の視線の先にはただ雲があるという訳ではありません。彼は画面の外にあるものを見つめているのです。

 

ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ の部屋には、『春』のほかに、同じく ボッティチェッリ の作品である『ミネルヴァとケンタウロス』、そして作者不詳の『聖母子像』が飾られてあったといいます。

ミネルヴァとケンタウロス

『春』の左上には、扉飾りとして『ミネルヴァとケンタウロス』が掛けられてありました。この絵は、情欲の象徴である ケンタウロス が弓矢でニンフたちを弄ぼうとしていたところを、長い矛槍を手にした知恵の女神 ミネルヴァ が捕えた場面が描かれています。この作品にも フィチーノ の思想が具象されていて、情欲に対する叡智の勝利が表現されています。

『春』の メルクリウス の視線はこの ミネルヴァ へと注がれているのです。そしてそれは自らを見つめる美神の眼差しを ミネルヴァ に向けさせる為、言い換えるなら叡智の勝利へと促す為ということなのでしょう。

 

画面中央の ヴィーナス の右手は、後の作品『受胎告知』などにも見られるように挨拶の仕草を表しています。それは春の訪れと、叡智の愛の勝利を祝福しているようにも見えます。

 

ボッティチェッリ が新プラトン主義のもと神話の世界を描いたのは十年程の間で、その間にこの『春』や『ヴィーナスの誕生』という、ボッティチェッリ の名を世界中に知らしめることになった作品が生み出されています。

その後は、ドメニコ会修道士の ジロラモ・サヴォナローラ の終末思想に多大な影響を受けた宗教的作品ばかりを描いていくことになるのですが、それはまた別のお話・・・

 

『ボッティチェッリ』(バルバラ・ダイムリング/タッシェン・ジャパン)を参考にさせて頂きました。

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